2008.07.11 次世代
平日にもかかわらず法事3件+枕行。このところ続く。5月ごろは平穏だったが6、7月と暑くなってくるとお年を召されている方や病気の方は危ない。自分にも身内の葬式はいつも夏だというイメージがある。

I家の法事では2霊まとめて。当家では3日前にも百ヶ日があったばかり。親戚が多く、しかもかなり熱心に行う一族なので施主はくたくただろう。親戚に中学の友達のお父さんがいらっしゃった。

「息子に法事の大切さを説いても、なんで数年後ごとにいちいち集まらなければならない?拝んだところで何の意味が?と全く興味が無い・・」


信仰心の篤い地区でも若い世代はこれだ。
仰るとおりです。年忌の法要もやらなかったといって罰が当たるわけでもなかろうし、やりたくないといえばそれまで。故人を偲ぶのに儀式を行わなければならない必然性も無い。お金もかかるし、準備片付け、親戚の接待と面倒だらけなので寺の人間である私でも身内の法事となると気が思い。実際付き合い先や親戚も呼ばず、家族だけで本堂で一時間ほどですませるという法事がかなり増えた。

まあ法事仏教も後20年でたぶん終わる。いい加減な坊主が淘汰されるからざまあみろといいたいところだが、実際は観光の寺か、もしくは病気がなおる悪霊を払うというような霊感商法まがいのことをやる連中しか生き残れないんじゃないか。いい説法が出来たとしても哲学みたいなことではたぶん収入には結びつかない。

坊主が戒律を守らずだらしないことをやっていたからだという意見もあるかもしれないが、もしきちっとやったとしても「お坊さんは大変だね」というだけでだからといって自分が身銭を切って布施をしようとは思わないだろう。損得でしかものごとを考えられない世知辛い世の中になって来ているのもある。そもそもお経に功徳がある、回向して追善供養できるという考えが信じられなくなって来ているんじゃないかという気がする。
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