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2008.02.26
余命
あるお寺さんは「いい加減な事やってるところはたぶんあと15年ぐらいで次々駄目になるだろうけど、ウチらは小さいところが多いが比較的マジメにやってるので大丈夫だろう」と仰る。
いや〜どうかな。
どこの法事や葬式でもほとんどの人はうつむいてお経を聞いているだけだし、寺側がまじめにやってるつもりでも今のやり方はあまりに形式主義が過ぎてメッセージが伝わっていない。
この先件数はピークになるだろうが、医療費もかかった後で団塊ジュニアが親の供養に金をかけるかかなり怪しい・・。
例えば自宅葬が主流だったころ先駆けて会館で行った家は批判されたに違いないが、今ではそうでないほうが珍しい。坊さん呼ぶのも横並びの習俗だからやってる場合がほとんどなわけで、非仏式がいったん流行ったら宗派関係なくあっという間だと思う。
近頃はどこでも簡略化が進んでいる。首都圏の人に葬式の日に四十九日と納骨を済ませるところも多いと聞いてびっくりしたことがあるけどそういう形式も案外早く全国に広まるかもしれない。
いや〜どうかな。
どこの法事や葬式でもほとんどの人はうつむいてお経を聞いているだけだし、寺側がまじめにやってるつもりでも今のやり方はあまりに形式主義が過ぎてメッセージが伝わっていない。
この先件数はピークになるだろうが、医療費もかかった後で団塊ジュニアが親の供養に金をかけるかかなり怪しい・・。
例えば自宅葬が主流だったころ先駆けて会館で行った家は批判されたに違いないが、今ではそうでないほうが珍しい。坊さん呼ぶのも横並びの習俗だからやってる場合がほとんどなわけで、非仏式がいったん流行ったら宗派関係なくあっという間だと思う。
近頃はどこでも簡略化が進んでいる。首都圏の人に葬式の日に四十九日と納骨を済ませるところも多いと聞いてびっくりしたことがあるけどそういう形式も案外早く全国に広まるかもしれない。
くまぽむ
簡略化が進んだところでおかしくないと思う。
特に、田舎から都会に出た子供たちしかいないというような家庭の場合、田舎の両親ともに亡くなってしまったら、そうせざるを得ないような状況だってあるのではないだろうか。
っつうか、経済と寺ってのは結び付けるべきではなく、滅びるなら滅びるってだけでいいんではないの?
それが、仏法を伝えるために残らねばならないという使命の基に発せられる言葉であるなら別だが…。
特に、田舎から都会に出た子供たちしかいないというような家庭の場合、田舎の両親ともに亡くなってしまったら、そうせざるを得ないような状況だってあるのではないだろうか。
っつうか、経済と寺ってのは結び付けるべきではなく、滅びるなら滅びるってだけでいいんではないの?
それが、仏法を伝えるために残らねばならないという使命の基に発せられる言葉であるなら別だが…。
2008/03/03 Mon 10:12 URL [ Edit ]
Author
まあ本当に無知な人を脅すだけのインチキ宗教なら滅んだほうがましでしょう。
経済と寺って割と大事な問題だと思いますよ。霞を食って生きるわけにはいきませんからね。食えないところには優秀な人間は集まりません。今でも出来る寺の子は跡を継がず社会に出ることが多いですから、寺が経済的に苦しくなればますます坊主の質は落ちていくでしょう。在家からもロクなのが入って来なくなります。滅ぶなら滅ぶで悲惨な最期になりますね。
経済と寺って割と大事な問題だと思いますよ。霞を食って生きるわけにはいきませんからね。食えないところには優秀な人間は集まりません。今でも出来る寺の子は跡を継がず社会に出ることが多いですから、寺が経済的に苦しくなればますます坊主の質は落ちていくでしょう。在家からもロクなのが入って来なくなります。滅ぶなら滅ぶで悲惨な最期になりますね。
2008/03/03 Mon 23:52 URL [ Edit ]
くまぽむ
単に寺と経済とを結びつけるんでは、誤解が生じるな。
おそらく、その間には、葬式仏教という接着剤があるんだろうね。
僕の目には、食えるから堕落していくとしか写らない部分もあるんだよね。「坊主丸儲け」という言葉がいまだに残っている事からも僕だけではない気がする。
だから、食えなくなってきたら仏法を広めるためにもっと思考錯誤して少しは良くなるんじゃないかと思うという展開なわけさ。
出来る寺の子は寺を継がないというより、寺に生まれたからといって寺を継ぐ必要もないんじゃないの?
「寺を継ぐ」というのがすでに問題を孕んでいるし、寺に育ちながらそこに魅力を感じないという状況になっている寺にも問題があるんだろうな、ならば在家から出家しようなんて思う人間がいないのも当たり前になるのだろうが…
ただ、在家から出家しようとしたときのハードルの高さにも問題があると思う。
果たして寺は「継ぐ」ものなのか?
継ぐといった言葉に、家業という言葉がすぐに結びつく僕は短絡的すぎなのかもしれないが、とすると僧侶って職業なのか?って疑問があるんだよねぇ。
疑問とか、問題ばっかし…笑
おそらく、その間には、葬式仏教という接着剤があるんだろうね。
僕の目には、食えるから堕落していくとしか写らない部分もあるんだよね。「坊主丸儲け」という言葉がいまだに残っている事からも僕だけではない気がする。
だから、食えなくなってきたら仏法を広めるためにもっと思考錯誤して少しは良くなるんじゃないかと思うという展開なわけさ。
出来る寺の子は寺を継がないというより、寺に生まれたからといって寺を継ぐ必要もないんじゃないの?
「寺を継ぐ」というのがすでに問題を孕んでいるし、寺に育ちながらそこに魅力を感じないという状況になっている寺にも問題があるんだろうな、ならば在家から出家しようなんて思う人間がいないのも当たり前になるのだろうが…
ただ、在家から出家しようとしたときのハードルの高さにも問題があると思う。
果たして寺は「継ぐ」ものなのか?
継ぐといった言葉に、家業という言葉がすぐに結びつく僕は短絡的すぎなのかもしれないが、とすると僧侶って職業なのか?って疑問があるんだよねぇ。
疑問とか、問題ばっかし…笑
2008/03/04 Tue 10:19 URL [ Edit ]
Author
理想はともかく、「職業」でないといったら嘘になります。「家業」も・・。
食えるから堕落していくということも確かにありますね。お役所仕事が民間と比べていい加減な事が多いのと似ています。でもこれからは危機感をもって目覚める僧侶も今までよりは増えるかもしれませんよ。
立ち読みした本では目覚めた坊主はだいたい「イベント坊主」になるらしいですが(笑)
外からのハードルが高いことですが、法灯が師から弟子へ受け継がれる世界なので僧籍を取るには師匠になってくれる人を探すハードルがあります。何年もかけて弟子を育てるのは養子を取るのと変わりませんから子供を弟子にするのが無難ですし、そうでなければ親戚がなる事も多いです。
さらに寺を継ぐとなるともっとハードルは高くなります。「丸儲け」しているところはそんなに無いとは思いますが、寺は大小にかかわらず一定の収入がある利権であることは確実なので、当然赤の他人に継がせたくないというのが・・。学閥とかと一緒ですよ。
逆に内からのハードルが非常に低いのも問題かもしれません。医者の子が医者になるような難しさはありませんから。
いっそ世襲禁止にするにしても、始まったのが明治なので長いところではもう5、6代目になるでしょうから今更自身で否定するのは無理でしょう。まあ世襲が必ずしも悪かといえばそうとは限らなくて、他所から知らない人が来て住職を継ぐよりは、地元で育って複雑な事情をよく知っている子供がなるほうが檀家さんが喜ぶということもあります。よそ者が地域の慣例を無視して宗門の公式見解みたいなものを振りかざしても困りますから。
食えるから堕落していくということも確かにありますね。お役所仕事が民間と比べていい加減な事が多いのと似ています。でもこれからは危機感をもって目覚める僧侶も今までよりは増えるかもしれませんよ。
立ち読みした本では目覚めた坊主はだいたい「イベント坊主」になるらしいですが(笑)
外からのハードルが高いことですが、法灯が師から弟子へ受け継がれる世界なので僧籍を取るには師匠になってくれる人を探すハードルがあります。何年もかけて弟子を育てるのは養子を取るのと変わりませんから子供を弟子にするのが無難ですし、そうでなければ親戚がなる事も多いです。
さらに寺を継ぐとなるともっとハードルは高くなります。「丸儲け」しているところはそんなに無いとは思いますが、寺は大小にかかわらず一定の収入がある利権であることは確実なので、当然赤の他人に継がせたくないというのが・・。学閥とかと一緒ですよ。
逆に内からのハードルが非常に低いのも問題かもしれません。医者の子が医者になるような難しさはありませんから。
いっそ世襲禁止にするにしても、始まったのが明治なので長いところではもう5、6代目になるでしょうから今更自身で否定するのは無理でしょう。まあ世襲が必ずしも悪かといえばそうとは限らなくて、他所から知らない人が来て住職を継ぐよりは、地元で育って複雑な事情をよく知っている子供がなるほうが檀家さんが喜ぶということもあります。よそ者が地域の慣例を無視して宗門の公式見解みたいなものを振りかざしても困りますから。
2008/03/04 Tue 23:53 URL [ Edit ]
くまぽむ
ストイックなのは善し悪しなんだけど、いくら金もってても、最低限の衣食住しか求めず、毎日粥と沢庵だけで生活するようなストイックさってのは、胡散臭いけどもある種必要だと思ったりする。
経済活動と宗教を考えた場合、「儲け」ってのはどう考えればいいのだろうか?と悩むわけだ。
最低限の生活が成り立つというレベルの収入なのか、それとも、どんどん利益を上げて云々というレベルなのかって話なんだよね。なんか、現状は資本主義的香りがしすぎてなんとも…
法を広めるために稼ぐ必要があるのか、それとも稼ぐために法を広めるのか。
確かに、出家のハードルが高いってのは法を受け継ぐからってのは納得いくなぁ。でも、そこで血縁関係に継がせる云々ってのは、単に俗世間の価値観にしか過ぎないと思うんだよな。ただ、その裏には、法を絶やしてはいけないという思いが漠然と働いているからだと思うんだけど。
それと同じようなところで、寺が利権であるならば、それを守ろうとして赤の他人に継がせたくないというのは、その時点ですでに「出家」という概念はないよね。もろに俗世間の話になっちゃうからね。
とすると、出家者が妻帯を行うといった時点からの問題なのか?
そうすると、問題は1000年も前からあるって話になるねぇ笑
地域社会を考えたときに世襲は有効な一つの手段でもあるわけか。そうすると、それが一つの鍵になるよね。地域社会というものが機能しなくなりつつある現在、それをどう生かしていくかってのが、寺だけじゃなくって地域としての重要性を帯びるんだろうな。
問題は、俗世間と出世間、その価値観と、各々の立ち位置の問題なんだろうが、境界線を引く引かないは別にして、仏教と言うフィールドに立ったときに、言ってることとやってることが離れちゃってる気がするんだよねぇ。まぁ、メディアで取り上げられるような人々ってのは、「欲を無くしましょう」って説いてる太った坊さんだったりするからね。
最近うちの社長が、経営と仏教は同じなんだみたいなことを言い始めて、なんか耳障りでしょうがない…
経済活動と宗教を考えた場合、「儲け」ってのはどう考えればいいのだろうか?と悩むわけだ。
最低限の生活が成り立つというレベルの収入なのか、それとも、どんどん利益を上げて云々というレベルなのかって話なんだよね。なんか、現状は資本主義的香りがしすぎてなんとも…
法を広めるために稼ぐ必要があるのか、それとも稼ぐために法を広めるのか。
確かに、出家のハードルが高いってのは法を受け継ぐからってのは納得いくなぁ。でも、そこで血縁関係に継がせる云々ってのは、単に俗世間の価値観にしか過ぎないと思うんだよな。ただ、その裏には、法を絶やしてはいけないという思いが漠然と働いているからだと思うんだけど。
それと同じようなところで、寺が利権であるならば、それを守ろうとして赤の他人に継がせたくないというのは、その時点ですでに「出家」という概念はないよね。もろに俗世間の話になっちゃうからね。
とすると、出家者が妻帯を行うといった時点からの問題なのか?
そうすると、問題は1000年も前からあるって話になるねぇ笑
地域社会を考えたときに世襲は有効な一つの手段でもあるわけか。そうすると、それが一つの鍵になるよね。地域社会というものが機能しなくなりつつある現在、それをどう生かしていくかってのが、寺だけじゃなくって地域としての重要性を帯びるんだろうな。
問題は、俗世間と出世間、その価値観と、各々の立ち位置の問題なんだろうが、境界線を引く引かないは別にして、仏教と言うフィールドに立ったときに、言ってることとやってることが離れちゃってる気がするんだよねぇ。まぁ、メディアで取り上げられるような人々ってのは、「欲を無くしましょう」って説いてる太った坊さんだったりするからね。
最近うちの社長が、経営と仏教は同じなんだみたいなことを言い始めて、なんか耳障りでしょうがない…
2008/03/06 Thu 10:40 URL [ Edit ]
Author
現代日本には「出家」はほとんどいませんね。「寺族」がいないととても寺がまわらないことは明白で、いるなら粥ばかり食わすわけにはいかないということになる。
かえって独身は歓迎されません。住職が独り身でもそれは単に結婚できないだけで・・。檀家さんが気を揉む(笑)
いくら職業選択の自由があるといっても、生まれてこの方全く縁の無かった業界にいきなり飛び込もうって人は少ないと思いますから、仏教界も血縁で固まるのは仕方ないですね。それがなあなあになる原因だと言われれば否定はできませんが。嫁さんも寺から取る場合が多いし、仮に赤の他人から養子を取るとしても知り合いの寺の子を取ることが多いです。
余談ですが私のところは代々渋々継いで来た?家系なので親戚は多いにもかかわらず全くお寺さんがいません。むしろ珍しい部類ですかね。
世襲ではなかった頃も他人ではあっても弟子に受け継がせるわけですから学閥みたいにはなったでしょう。だれそれの弟子だという法縁とか門流とか今でもありますよ。出世で差別があったりと大昔から決して公平ではありません。
日本の特徴かもしれないですけど、こういう事情の背景には世間の力が強すぎるということもあるかもしれませんよ。元々戒律にうるさくないのもありますが、誰も「出世間」の超越的存在を認めないような気がします。まじめに禁欲生活してると「基地外じゃないか」とむしろ敬遠されるのでは?出家してても引きずりおろされると言うか世間と同じ付き合いを強要されるというか・・。
いまは寺も経済的な部分は総会で会計報告されるようになってますから、住職の裁量でいい加減なことは出来ないんじゃないですかね。なんたって法人ですからね。必然的に会社みたいになるでしょう。
経営と仏教ですか・・。いま産経新聞に連載されてますが、松下幸之助は大乗仏教の香りがします。
かえって独身は歓迎されません。住職が独り身でもそれは単に結婚できないだけで・・。檀家さんが気を揉む(笑)
いくら職業選択の自由があるといっても、生まれてこの方全く縁の無かった業界にいきなり飛び込もうって人は少ないと思いますから、仏教界も血縁で固まるのは仕方ないですね。それがなあなあになる原因だと言われれば否定はできませんが。嫁さんも寺から取る場合が多いし、仮に赤の他人から養子を取るとしても知り合いの寺の子を取ることが多いです。
余談ですが私のところは代々渋々継いで来た?家系なので親戚は多いにもかかわらず全くお寺さんがいません。むしろ珍しい部類ですかね。
世襲ではなかった頃も他人ではあっても弟子に受け継がせるわけですから学閥みたいにはなったでしょう。だれそれの弟子だという法縁とか門流とか今でもありますよ。出世で差別があったりと大昔から決して公平ではありません。
日本の特徴かもしれないですけど、こういう事情の背景には世間の力が強すぎるということもあるかもしれませんよ。元々戒律にうるさくないのもありますが、誰も「出世間」の超越的存在を認めないような気がします。まじめに禁欲生活してると「基地外じゃないか」とむしろ敬遠されるのでは?出家してても引きずりおろされると言うか世間と同じ付き合いを強要されるというか・・。
いまは寺も経済的な部分は総会で会計報告されるようになってますから、住職の裁量でいい加減なことは出来ないんじゃないですかね。なんたって法人ですからね。必然的に会社みたいになるでしょう。
経営と仏教ですか・・。いま産経新聞に連載されてますが、松下幸之助は大乗仏教の香りがします。
2008/03/07 Fri 00:20 URL [ Edit ]
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